認知症の方にみられる行動症状のひとつに、徘徊があります。
家の外を徘徊した場合、最初は帰れても認知症が進行すると帰れないばかりか、理解力・判断力が低下しているため、人とのトラブルに巻き込まれたり、危険が迫っていても気づくことが困難な場合があります。
警察庁の発表によるとここ10年で行方不明者数は横這いにもかかわらず、認知症の老人で行方不明になる数は徐々に増えてきています。
令和元年では徘徊からの行方不明者数は年間約1万7千人にも上っています。
認知症の老人が行方不明になった場合、発見までの時間経過により生存率が低下してしまうことが、桜美林大学老年学総合研究所鈴木隆雄所長らの研究により判明したと報じられました。「早期発見」は何よりも重要な課題なのです。
その効果的な対策として注目されているのが、いわゆる「GPS端末」。
様々な自治体でGPSを貸し出して認知症老人の徘徊に対する取り組みを行っており、実際に効果を上げています。
では、各自治体でも採用されるほど追跡・発見に効果があるとされるGPSは実際どのように活躍しているのでしょうか。
今回の記事では事例とともにGPSの効果について説明していきます。
1.GPSは携帯電話にもついているのになぜGPS端末なのか
もちろん、携帯電話にはGPSがついています。
しかし、あえて携帯電話ではなく「GPS端末」が必要なのは
1. 老人は携帯を持つ習慣がついていないことがある
2. 自治体の取り組みとして無料または低価格で貸し出しているため取り入れやすい
3. GPS端末は小型で軽量であるため普段使いのアイテムに取り付けやすい
の3つの理由からだといえます。
以下ではその理由について深堀していきます。
1.老人は携帯を持つ習慣がついていないことがある
携帯電話が普及したのは今から約25年前、1990年代後半です。
今から25年以上前、そもそも、電話は家にあるもので持ち歩くものではありませんでした。
つまり25年ほど前にすでにリタイアしていた人達にとって携帯電話は持ち歩きづらいアイテムなのです。
実際、徐々に増えているとはいえ、スマホを持つ高齢者はまだ少数派だといえます。
また、認知症になると物忘れで日常生活に影響すら出てきます。
過去に習慣になっていたことは失われづらいですが、習慣になっていないことはなおさら忘れやすくなります。
携帯電話を持ち歩かなくてはいけないと思っていても、習慣づいていなければどうしても忘れてしまいがちです。
2.自治体の取り組みとして貸し出しているため
認知症老人の徘徊は自治体にとっても大きな問題です。
そのため、徘徊に取り組む自治体では、徘徊について相談すると無料もしくは低価格で貸し出しを行っている自治体が増えています。
システムが一元化されていれば携帯電話よりも多くの数を簡単に取り扱えるメリットがあります。
3.「GPS端末」は小型で軽量であるため普段使いのアイテムに取り付けやすい
「GPS端末」の強みは、個人の生活習慣に合わせて色々なものに取り付けることができるので、持ち歩いてもらいやすいという点です。
「GPS端末」のみで老人に持ち歩いてもらうのは難しいですが、「GPS端末」は小型かつ軽量ですので普段使いのアイテムに簡単に付け加えることが可能です。
例えば、外出に必ずコートを着るのであればの裾やポケットの中に取り付けることができますし、靴やカバンの中に入れておくこともできます。
他にもお守りが好きな方にはお守り袋に入れて杖やポーチに付けておくこともできますし、個人の生活習慣に合わせた取り付け方が選べます。
また、「GPS端末」は一定の範囲を超えると自動的に通知を送ることができるサービスがあり、位置情報を多人数で同時に把握できるなど、徘徊対策に特化した機能が備わっている物があります。
持ち歩いてもらいやすいというメリットだけでなく、情報の一括管理という点でも優れているといえるでしょう。
これらの点から携帯電話よりも「GPS端末」の方が追跡・発見に効果があるといえます。
2.認知症徘徊からGPSで保護された2例
事例1 群馬県高崎市
(システム)
群馬県高崎市ではGPSを使った「はいかい高齢者救援システム」を採択しています。
このシステムは市が小型GPS 端末を無料で対象者に貸し出し、ベルトや靴に付けて利用してもらうといったシステムです。
(状況)
80代認知症老人男性がいなくなったときは、家族がすぐに駆け付けられなかったにもかかわらず、警察と見守りセンターが情報を共有することで9Km先でも無事に保護することができました。
また、80代認知症老人女性が施設からいなくなったときは位置情報が東京都板橋区でしたが、区や警察と情報を共有することで無事に保護することができました。
事例2 静岡県 (お客様の声(2021年) | 認知症徘徊GPSセンター)
(システム)
認知症徘徊GPSセンターで扱っているGPS端末は手のひらサイズで100円玉5枚ほどの重さです。
この小型GPS端末を、お守り袋へ入れる・専用の袋に入れて服やかばんに縫い付ける・靴の中に入れ込んでおくなど対象者の特性に合わせて持ち歩いてもらうことができます。
自宅から一定以上の距離を離れると通知が届き、その後GPSを利用し追跡できるといったシステムです。
(状況)
認知症を持つ女性は明け方に一人で外出、GPS端末から家族に「自宅から一定距離を離れた」との通知が入りました。
女性はバスなどを利用し長距離に渡り徘徊していましたが、家族は捜索願を届け、パトカーに同乗しGPSを利用しながらパトカーで追跡した結果、無事に保護することができました。
3.活躍するGPS
ここまでの紹介のように、GPS端末の活用は認知症を持つ老人が徘徊したとき「早期発見」するために、効果の高い対策の一つです。
先述の群馬県高崎市の「はいかい高齢者救援システム」では2015年から運用開始し5年間で931件の依頼がありましたが、全てのケースで早期発見につなげることができました。
また、依頼から発見までの所要時間も1時間以内となってることから、家族の負担軽減にも大きな効果を発揮しています。
埼玉県草加市では市が提供しているGPS事業と草加警察署が協定を結び、情報共有することで認知症老人の徘徊が起こったときに素早く対応できるようになりました。
また、
「この方は認知症で徘徊しているのでは?」
と感じたときに、GPS含め名札やQRコードなど目印があれば、家族が気づく前であっても、保護した人・警察・消防などからGPSセンターや自治体に連絡が行きます。
ただ、追跡・発見できるだけなく、持っているだけで身元確認につなげることもできるのです。
これから認知症を持つ老人はますます増えていく傾向にあります。
しかし、GPSを活用することで徘徊による行方不明者を減らし、認知症を持つ老人にとっても、家族にとっても安心安全な社会生活を続けることができるでしょう。
〈参考〉
・厚生労働省 認知症 こころの病気を知る メンタルヘルス
・警視庁 行方不明者の推移
・認知症ネット(桜美林大学)
・総務省 平成29年版 情報通信白書 数字で見たスマホの爆発的普及(5年間の量的拡大)
・高崎新聞 (徘徊救援・介護SOS等の利用状況)
・お客様の声(2021年) | 認知症徘徊GPSセンター
・高崎市の先進的な取り組み
・草加市 認知症高年者の早期発見に向け認知症高年者の情報共有に関する協定締結
・認知症の人の将来推計について
執筆:岸田 梨江(介護福祉士、管理栄養士)
知的障がい児支援に10年携わり、現在高齢者介護施設勤務
豊富な経験を基に様々な視点から情報を提供いたします。